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ゆず農家 File.06 植田さんちのゆず畑

植田さん

ハウスゆずと露地ゆず二刀流を継いだWエース

村の中心部から車で約40分。さらにくねくね道の林道を上がると、一面に広がるゆず畑の中に長さ80メートルのハウスが見えてきます。今回訪ねたのは、島地区でゆずを栽培している植田敬三さんと奥さんのクミさんです。

植田さんご夫婦は、一般的な露地栽培のゆずに加えてハウス栽培も手掛ける数少ない専業農家。お二人とも生粋の北川っ子です。

今から21年前、勤めていたJAを早期退職し、敬三さんは父の代から始まったゆず農家を継ぎました。

敬三「僕の親父が30代の頃、この村の主力産業は米でした。しかし国の減反政策が敷かれ苦境に落ち込んだとき、親父はゆずへの転作を決断した農事組合の中心メンバーだったんです。僕は長男なので、いずれは自分もゆずをやらないとなあと思っていました」

今は村内で2軒のみとなったハウス栽培は、昔は7軒ほどあったそう。

クミ「ハウスのゆずは露地よりも早く収穫ができるので昔はいい値段で売れていたんです。ハウスの場合、青ゆずを出荷するのがメインですが、年々その値が安くなってきたのと、高齢化でハウスという巨大な施設を管理することが厳しくなってきたんだと思います。ハウスのビニールは毎年張り替えないといけないし、労力も費用もかかります。私たちのハウスも去年、加温機が壊れてしまって。あの時はもうだめだと思いましたね。そしたら主人が部品を集めてきて自力で直してくれたんです」

敬三「僕は農協の職員時代、農機具の修理もやってたので。まさかその技術が役に立つとは思いませんでしたけど」

ゆずをやり始めて、大変なこと、良かったことを教えてください。

クミ「大変なことは休みがなかなかないことかな。今だとハウスの青ゆずを収穫しながら露地ゆずの消毒をしたり、11月になると今度は露地の分の収穫と同時にハウスゆずの剪定をしたりと、どうしても並行して仕事をしないといけないので。でも、農家のいいところは、融通が利くことです。どうしてもの時は、誰かに遠慮することなく都合をつけられます。のんびりしすぎると比例して所得は減るので、仕事量は調節しないといけませんけどね」

敬三「自然豊かな村なので、鹿やサルの獣害にも悩まされています。僕は狩猟免許を持っているので、自分の畑はせめて自分で守ろうと一日一回は見回りを欠かしません」

クミ「良かったことまだありました! ゆずを一緒にやり始めてけんかをしなくなりました。子育てしていた専業主婦の頃はすれ違いも多く、どんなに想いあっていてもお互いの大変さがわからなくて。でも今は一緒にゆずの仕事をしてるので、共通の話題もあるし大変なことは半分こできます」

敬三「まあ、けんかしてたら仕事にならないですからね(笑)」

冗談や、ゆずの得意料理の話で盛り上がったり、終始笑顔の絶えない二人。ゆずが夫婦の絆を深めていることは間違いなさそうです。

綺麗なゆずを実らす秘訣を聞いてみると。

敬三「雨量計を自作したり木の状態管理は徹底してます。農業は体だけ使えばいいという時代は終わりました。作り方も売り方も工夫しないと食べていけません。でも偉そうにこう言っても、僕らも1サイクルで計算するとたったの21回しかゆずつくってないんです。大した回数じゃないでしょう? ナスとか園芸品種は年に3〜4回のものもありますが、ゆずは年に1回ですから」

ゆず一本で長年取り組んできた二人は周りからの信頼も厚い。中にはクミさんのような女性ゆず農家になりたいと言う声も。自身は謙虚ですが、他者からの評価が高い二人。これからの北部地域をゆずで引っぱっていってくれるに違いありません。

植田さん(1) 植田さん(2)

「北川村ゆず新聞」より転載


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